論理とかの混乱しやすい話をまとめてみました。
選択公理とルベーグ非可測集合の存在は同値ですか?
はい、$\textsf{ZFC}$集合論においてそれらは同値です。
同値性を示すには、片方を仮定してもう片方を示すということを両向きに行えばよいです。
選択公理を仮定するとルベーグ非可測集合の存在が導けることは良いですね。
逆にルベーグ非可測集合の存在を仮定しましょう。すると、$\textsf{ZFC}$集合論においては選択公理が成り立つので、選択公理が導けました。
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「インターネットにもそう書いてあるから当たり前です」と権威に訴えるのも有効です。
選択公理と同値な命題はいくつくらい知られていますか?
無限個知られています。
例えば
- $\neg \neg \textsf{AC}$
- $\neg \neg \neg \neg \textsf{AC}$
- $\neg \neg \neg \neg \neg \neg \textsf{AC}$
- $\textsf{AC} \land (0 = 0)$
- $\textsf{AC} \land (1 = 1)$
- $\textsf{AC} \land (2 = 2)$
などは全部$\textsf{ZF}$集合論において選択公理と同値であることが知られています。
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「選択公理と同値な命題をいっぱい言えても偉くないですよ」と偉そうに反論するのも有効です。
コンパクト位相空間上の実連続関数が最大値を持つことは選択公理なしで証明できますか?
いいえ、コンパクト位相空間上の実連続関数が最大値を持つこと、すなわち任意のコンパクト位相空間$X$と任意の連続関数$f \colon X \to \mathbb{R}$に対し$f$がある$x \in X$が存在して任意の$y \in X$に対し$f(y) \leq f(x)$を満たすことは、$\textsf{ZF}$集合論が無矛盾であるならば$\textsf{ZF}$集合論で証明できません。
背理法で不可鉦性を示すため、$\textsf{ZF}$集合論で可証であると仮定します。
包含写像$\emptyset \hookrightarrow \mathbb{R}$を$f$と置きます。
$\emptyset$はコンパクト位相空間であり$f$は連続であるので、仮定より$f$は最大値$M$を持ちます。
最大値の定義より、ある$x \in \emptyset$が存在して$f(x) = M$です。
しかし$\emptyset$の定義より$x \notin \emptyset$であり、矛盾します。
従って$\textsf{ZF}$集合論が無矛盾であるならば、コンパクト位相空間上の任意の実連続関数が最大値を持つことは$\textsf{ZF}$集合論で証明できません。
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やっぱり選択公理がないと厳しいですよね。
可換環が極大イデアルを持つことは選択公理と同値ですか?
いいえ、可換環が極大イデアルを持つこと、すなわち任意の可換環$R$に対して$R$の極大イデアルが存在することは、$\textsf{ZF}$集合論が無矛盾であるならば$\textsf{ZF}$集合論において選択公理と同値ではありません。
背理法で非同値性を示すため、$\textsf{ZF}$集合論において任意の可換環が極大イデアルを持つことが選択公理と同値であると仮定します。
この時、特に$\textsf{ZFC}$集合論において任意の可換環が極大イデアルを持ちます。
従って$\textsf{ZFC}$集合論において零環$\{0\}$に極大イデアル$m$が存在します。
しかし極大イデアルの定義より$0 \in m$かつ$m \subsetneq \{0\}$となり、$\textsf{ZFC}$集合論が矛盾します。
$\textsf{ZF}$集合論の無矛盾性と$\textsf{ZFC}$集合論の無矛盾性は同値なので、$\textsf{ZF}$集合論も矛盾します。
従って$\textsf{ZF}$集合論が無矛盾であるならば、$\textsf{ZF}$集合論において任意の可換環が極大イデアルを持つことは選択公理と同値ではありません。
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「まあどうせ$\textsf{ZF}$集合論は矛盾していますけどね」という負け惜しみも有効です。
正無理数の正無理数乗が有理数になり得ることは背理法なしで証明できますか?
はい、正無理数の正無理数乗が有理数になり得ること、すなわちある正無理数$x,y$が存在して$x^y$が有理数となることは、背理法を用いずに排中律などを用いて証明することができます。
まず$\sqrt{2}$が正無理数であることが$\neg$導入によって証明できます。
次に$(\sqrt{2})^{\sqrt{2}}$が有理数であるかまたは無理数であるということが排中律によって証明できます。
前者の仮定のもとで、正無理数$\sqrt{2}$の正無理数$\sqrt{2}$乗$(\sqrt{2})^{\sqrt{2}}$が有理数になリます。
後者の仮定のもとで、正無理数$(\sqrt{2})^{\sqrt{2}}$の正無理数$\sqrt{2}$乗$((\sqrt{2})^{\sqrt{2}})^{\sqrt{2}} = (\sqrt{2})^2 = 2$が有理数になリます。
従って$\lor$除去により正無理数の正無理数乗が有理数になり得るということが証明できました。
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背理法なんて認めなくても色んなことが示せるんですね。
多項式時間で解ける問題のクラスと、多項式時間で解けない問題のクラスは、一致しますか?
いいえ。前者のクラスには少なくとも1つの問題が属し、例えば後続関数の計算問題があります。
一方で後者のクラスにはその問題が属しません。
何故ならば、多項式時間で解けるならば、その否定である多項式時間で解けないという条件が偽だからです。
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俗に$P \neq \neg P$問題と言います。
$\zeta$関数の非自明零点は必ず実部が$\frac{1}{2}$の複素数ですか?
はい、ヴェブレン$\zeta$関数の任意の非自明零点は実部が$\frac{1}{2}$の複素数です。
Vacuous truthを用いたシンプルな証明はこちらで公開されています。
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$\zeta$関数の定義を解析接続なしの級数そのものなどに好き放題変えて証明するテクニックとほとんど等価です。
圏から圏への関手全体は自然変換を射として圏をなしますか?
はい、$\textsf{ZFC}$集合論において圏から圏への関手全体は圏をなします。
ただし圏という用語には2つの流儀がありますのでそれぞれ解説します。
まず圏といった時に小圏を指すとします。
この時、小圏の間の関手全体は集合をなすので、自然変換を射として小圏をなします。
すなわち、圏といった時に小圏を指す流儀では、圏の間の関手全体は自然変換を射として圏をなします。
次に圏といった時に小圏とは限らない圏を指すとします。
$\textsf{ZFC}$集合論において小圏とは限らない圏を扱う際は、論理式そのものを実体としてクラスを扱います。
具体的には、論理式$P(x),Q(x)$を実体とするクラス$C,D$に対し、
- $x = C$と$C = x$は$\forall y[y \in x \Leftrightarrow P(y)]$の糖衣構文
- $C = D$は$\forall x[P(x) \Leftrightarrow Q(x)]$の糖衣構文
- $x \in C$は$P(x)$の糖衣構文
- $C \in x$は$\exists y[y \in x \land y = C]$の糖衣構文
- $C \in D$は$\exists y[y \in D \land y = C]$の糖衣構文
と定めます。$\textsf{ZFC}$集合論ではクラスを直接扱えないのでこのような糖衣構文が必要です。
特に$C \in D$は$C$が集合$x$と等しいならば$x \in D$と同値であり、$C$が真クラスならば偽です。
ここで、関手を関数論理式として定義してしまうと、「関手全体のクラス」は意味を持ちません。
何故ならば、実体が論理式というメタなオブジェクトである以上、その集まりを$\textsf{ZFC}$集合論内部で形式化できないからです。
というわけで「圏から圏への関手全体は自然変換を射として圏をなしますか?」という質問をする人やその真偽を述べる人は、質問に意味を持たせるために暗黙に関手を関数論理式ではなく射を射に送る写像として定式化していることになります。
しかし任意の写像の定義域は集合です。すなわち定義域が真クラスとなるような写像は存在しません。
従って$C$が小圏でない圏であれば、$C$から$D$への関手は存在しないのでその集まりが空集合として意味を持ちます。
もちろん$C$が結果的に小圏であれば、$C$から$D$への関手1つは写像となり集合となるので、その集まりがクラスとして意味を持ちます。
以上より、関手全体のクラスが$\textsf{ZFC}$集合論の範疇で形式化され、この場合も圏から圏への関手全体は圏をなします。
例えば真クラスである$\textrm{Set}$から$\textrm{Set}$自身への関手は存在せず、関手圏は空圏となります。
$\textrm{Set}$の恒等関手は$\textsf{ZFC}$集合論で関手圏を形式化する文脈において、上述した事情により関手でないことに注意しましょう。
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「恒等関手というくらいなんだから関手なのは当たり前です」と言葉の響きで共感性に訴える反論が有効です。
米田の補題は小圏とは限らない圏でも成り立ちますか?
いいえ。上述したように$\textsf{ZFC}$集合論において小圏とは限らない圏を扱って関手圏を考える際は、$\textrm{Set}$から$\textrm{Set}$自身への関手圏は空圏となります。
特に、$\textrm{Set}^{\textrm{op}}$を$\textrm{Set}$から$\textrm{Set}$自身への関手圏へ埋め込む方法はありません。
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「$\textrm{Set}$と書いて実際には別の圏(例えば暗黙にグロタンディーク宇宙の存在を仮定して最小のグロタンディーク宇宙$U$を取りそこに相対化して得られる小圏$\textrm{Set}^U$)を指すに決まってるじゃないですか」と後出しで定義を変更する反論が有効です。
ただし$\textrm{Set}$と書いて暗黙に$\textrm{Set}^U$を指す流儀では$\textrm{Set}^U$と書いて暗黙に$(\textrm{Set}^U)^U = \textsf{Set}^{(U^U)}$を指すことになります。ここで$U^U$は$U$の$U$における相対化を表します。$U$はグロタンディーク宇宙の存在を充足しない$\textsf{ZFC}$のモデルなので、$U^U$は定義されません。従って$\textrm{Set}^{(U^U)}$は定義されず、結局$\textrm{Set}$は定義されないことに注意しましょう。
各対象が射影的対象からepimorphismを持つアーベル圏において、各対象が射影分解可能であることは選択公理から直接従いますか?
いいえ。選択公理や従属選択公理から直接従うのは、空でない集合族に対する選択関数や空でない集合上の全域二項関係の無限鎖の存在であり、真クラスに対しての主張ではありません。従って小圏とは限らないアーベル圏には直接適用可能ではありません。
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「アーベル圏と言ったら小アーベル圏を指すに決まってるじゃないですか」と後出しで条件を追加する反論が有効です。ただしその場合は一生$\textrm{Ab}$がアーベル圏でないという流儀に立つ覚悟が必要です。
もちろん$\textsf{ZFC}$集合論の論理式を実体とする真クラスで与えられた個別のアーベル圏に対しては、$\textsf{NBG}$集合論の中で大域選択公理などを使って証明できれば保存拡大性で$\textsf{ZFC}$集合論に議論を戻すことが可能です。ただ$\textsf{MK}$集合論では同じようにいかないので、例えば大域選択関数を量化してclass comprehensionに使ってしまうとダメです。
なお個別のアーベル圏に対しては射影的対象からのepimorphismの具体的な構成が知られていることが多く、その場合はそもそも選択公理が不要です。